2015年8月3日月曜日

ブログ立ち上げました

立ち上げます。ブログ。

と言っても、書いている私的には立ち上げている気分なんですが、世間からしたらどうでもいいのだろう。

でも、外部に発信するということは、何か影響が始まるかもしれないということで、それが大事なのではないかと思っている。

どう大事なのかというと、2つあって、ひとつは、誰かの役に立つかもしれないということ。どんな形で、どんな層に、どんな価値を提供するか、なんてマーケティング的なことは考えていないけれど、例えば何かに迷ったり、何かに苦しんでいる人が「こんな考え方もあるんだ」と、何かを解放したり、何かを癒したり、そういう風につながればいいなと思っている。

人間は意識的な記憶を引き継ぐことが難しい。誰かが経験して、誰かが見出したこと、実感したことは、全然次の世代に、または同世代の人に共有できていない。例えば紙と鉛筆、文字、動画、声、言葉なんていう今あるコミュニケーション手段というのはとても制約が大きくて、伝えきれないことが多すぎるし、それをたくさん受け入れるだけの余力も受け取る側にない。例えば将来、頭で考えたことが電気信号かなにかでそのまま他の人に伝えられたり、時間を超えて後世に伝えられるようになれば、こんなブログなんか、実はいらなくなるんだろうなと思う。それまでは、こういった古い形で、残しておくのがいいんじゃないか。そもそもこのブログを書いているGoogleがどれだけ残っていくかもわからないけど。

ふたつめとしては、自分の為というのもある。そもそもどういうときに何を考えていたかってあまり覚えていられなくて、大事なことも忘れていたりする。それを記録して、自分で見直すことを可能にする、いわば日記の役割として大事なのである。これは別に終始一貫した内容を展開したいと言っているわけではない。人の意見は少なからず変わるものだ。ただ、どう変わってきたのか、昔はどう考えていたから、いまとは違う意見なのか、そういった昔の自分を知ることで、今の自分に対するいろいろなアドバイスというか刺激にだってつながると思う。また、昔の自分と同じ考えや立場の人がいたとして、そういう人々を理解するために、役立つこともあるだろう。

まぁいろいろ言ってみたが、なにに役立つか知らんが、なにか役立つんじゃないかという思いで、希望的観測で書くということです。

そして、面倒臭いと思いつつも「おっしゃ書くか」と奮い立たせてくれたのは、このホリエモンの動画でした。別にホリエモンが好きなわけではなく、どちらかというと人間的にはあまり好きではないというか、友達になれる感じではない(私は友達作りが苦手だし友達もそんなに多くないということは置いておいて)けれども、言っていることはよくわかるのだ。なんだかんだ人々がホリエモンに惹かれるのも分かる気がするし、私が高校生のとき、当時ホリエモンがテレビに出始めて旋風を巻き起こしているときは、やはりなにか若者の味方的な感じがしたもので、ホリエモンの英単語帳みたいなものも本屋で立ち読みしたりと、なんか興味はあったのだ。そんなこともあってか、なにか心を掴まれる部分はあって、この動画の中で「まぁ簡単です。インターネットでブログやらソーシャルネットワークやらいろんなものがある、そこで毎日発信しつづければいい。非常に簡単なことです。」と言われた部分が、ずっとブログを書こうと思ってめんどくさがっていた自分を押してくれたのだろうと思う。


動画は近畿大学の卒業式の演説です。なんかスタンフォードのスティーブジョブズのスピーチ意識してるのかなと感じました。なんかIT分野の寵児的なことぐらいしか共通点ない気がしますが、なんでしょうね。

このインターネットなどによって、いままでの情報の発信の仕方が変わっていくのは、事実だと思う。ホリエモンの言う「権威が当てにならなくなってくる」「グローバルと同じ土俵で戦うことになる」という方向に変わっていくのは、程度の差はあれ起きていくことだと思う。

日本は地理的に、他国と隔絶するのに都合のいい場所にある。その影響がゼロになることはないけども、通信によって、少しずつ覆い剥がされていくのではないか。もちろんアナログ的に鎖国していく方法もあるし、過去には日本はそういう選択をとったが、それが今後も選択としていい方向に進むとは、個人的には感じてない。

むしろその鎖国とは反対の流れを作る一員として、社会に加わっていく決心をしたのが、このブログとも言えるのである、大げさに言えば。面倒だけどね。宜しくお願いします。

Miki Andrew Taro でした。

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